延命院縁起

縁起

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 昔、倉松の地は松の木が茂り、その蒼い葉が日影を遮り、当時は「笠松」の里と呼ばれていました。  文治2年1168年、南都東大寺の大仏殿を再建するために、重源尊師が笠松の里に立ち寄って勧進しました。その際に、松の根本に埋もれたお地蔵様を見つけて、お堂を建ててお奉りしたのです。そのことから、重源を開基としています。  

 元享元年1321年、智照上人がお堂を建てて迦羅陀房と名付けました。やがて、このお堂が古くなり壊れてしまい、お地蔵様は再び松の根本に埋もれてしまいました。松の大木が茂り、昼でも暗くて寂しいほどであったそうです。そのうえ、日が暮れると、松の根本にちらりと明るい光が出るので、里人は恐ろしさのあまり、誰も傍へ寄る人はいなかったそうです。

 ある時、大振和尚が光明真言を唱えて祈ったところ、松の落葉に隠れておられたお地蔵様を見つけることができ、すぐに自ら先頭に立って、松の木を切り、お堂を建てれれました。蒼い松の木と地上にもれる光を記念して、寺の名前を「蒼松山地光寺」と名付けました。

 その後、お堂も古くなり、朽ち果てた時に、宥覚和尚が、長享1478年に、新しいお堂を建てられました。領主の一色丹波守直基郷の病気が良くなるようにと祈って建てお堂なので、命が延びたことを記念して、「延命院」と名を改めました。これらのことから、宥覚和尚を開山第一世とします。

 


延命地蔵尊の御誓願

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 地蔵菩薩様は生活のなかに溶け込んでいる親しみ深い仏様です。「村のはずれのお地蔵さん」と童謡に歌われ、六地蔵や先祖供養の千地蔵・水子地蔵というように様々なお地蔵様が知られています。延命院の境内にも、随所にお地蔵様が祀ってありますが、本堂に祀られておりますのは延命地蔵尊(菩薩)です。

 地蔵菩薩様とは、大地の母胎とか、大地の蔵という意味で、大いなる導きの仏様であられます。お姿は写真でもご覧の通り、右手に杓上を持ち 

(1)地獄のような苦しみを代わって受ける。

(2)飢餓の苦しみを代わって受ける。

(3)酷使される苦しみを代わって受ける。

(4)戦乱の苦しみを救う。

(5)心の迷いを解決してくれる。

(6)民衆の命を長寿にしてくれる。

(7)病気の苦しみを代わって受ける。

(8)国難の苦しみを代わって受ける。

(9)怨賊の苦しみをなくしていく。

(10)貧困の苦しみを救う。

(11)出世を望む者には出世させてくれる。

(12)この世で救われなくとも、あの世に行ってまで救ってくれる。

 これらの大願をもとに、大慈悲の御心で私達をお救いくださる仏様なのです。 特に、延命地蔵尊は、心身の病を取り除き長く長寿を保たせてくれる仏様なのです。多くの皆様が延命地蔵尊のお導きをお受けになられますようにと、住職は毎朝御本尊加持と月日戒名を読み上げご供養しております。